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 第46回卒業式 195番目の卒業生へ
2010/03/05 更新 



第46回卒業式 195番目の卒業生へ

同窓会会長 提橋 和男(2010.03.05)


平成22年3月5日(金)、母校体育館において第46回卒業証書授与式が厳粛にとり行われました。

かつて卒業式のあり方(卒業生の式に参列している態度や行為に対して)で批判されるようなことが多々ありましたが、山崎校長、山下校長を中心とする教職員の指導体制もあって生徒の活性化、規律の厳正化により校内外の生徒の風紀が大きく改善されました。
特に山下敬緯子前校長は体育系のご出身とういうお立場から、クラブ活動の活性化、特に運動部の活動に力を入れることによって、私立高校が学校のレベルを高めたことと同じように、葛飾商業高校のレベルを高められました。
とくに葛飾商業にとって異例な措置として野球部監督として外部指導員(柏原周作氏)を導入されたことも大きなことであったと思います。

昨年の第45回卒業証書授与式は、転任される山下敬緯子校長にとって、学校改革の集大成というべき立派な卒業式となりました。
そして、その改革を引き継がれた小山校長先生のもと、第46回卒業式は、卒業生退場時には担任の先生も卒業生も涙涙の感動的な卒業式となりました。
こうして第46回生194名はめでたく母校を巣立っていったわけですが、彼らはもう一人、195番目の卒業生の思いを胸に巣立っていったと思います。

葛飾商業高校野球部 三年生を送る会
柏原監督(右端)と卒業する11名の野球部員

195番目の卒業生のことは野球部の柏原監督の挨拶で知りました。
2月21日、野球部の「3年生を送る会」が開かれました。選手9名、女子マネージャー2名の11名の卒業生に柏原周作監督は次のような要旨の挨拶をされました。
「今、11名の卒業生が壇上に並んでいますが、自分はここに12名の卒業生がいるつもりでこの場に立っています。

実は卒業する女子マネージャーは3名のハズでした。彼女は家が火災にあって、お母さんを亡くされました。皆で学業を続けられるよう激励、応援をしたのですが残念ながら学校をやめることになりました。実は自分は彼女に助かられたことがあります。エースの平が頭部に打球を受けて離脱を余儀なくされ、平の生命のことやチームの先行きに途方にくれたとき、彼女が「監督!平は大丈夫だから」と声をかけてくれたのです。その一言で平がいなくても戦えるチームをつくろうと、立ち直ることができました」。

平君のことは試合中の事故とはいえ監督の管理責任は逃れることはできません。平君が立派だと私が思ったことは「事故は自分の不注意が原因で、監督に責任はない」と言い切ったことです。そして平君は夏の東東京大会にエースとして復活し活躍されました

3月5日18時より「卒業を祝う会」が開催され、私は195番目の卒業生のことをお話させていただきました。そして、46期生は無念の思いで学校を去った彼女のことを忘れずにこれからの人生を生きていってほしいと願っている旨お話させていただきました。
実は、私にも高校時代の忘れられない出来事があります。入学して初登校した朝礼の日。教室に入るために昇降口で整列をして順番待ちをしている時、列のなかの一人の男子生徒に担任が心配してしきりに声をかけていました。どうやら彼は心臓が悪いようでした。東京の西の果ての多摩方面から東の果ての葛飾商業まで通学するのです。「通学出来るか」と先生は何度も声をかけていたのです。本人は「大丈夫です」と答えていました。答える生徒に必死さが感じられました。病気のことで学業を断念させられてはならないという思いが伝わってきました。
私が彼の姿を見たのはその日が最初で最後です。同じクラスでしたが名前を知る間もありませんでした。おそらくクラスの誰もが知らないことだと思います。
高校生活3年間。挫折しそうになったとき、いつも思い出すのは彼のことでした。学業を続けられる身で負けてしまったら彼に申し訳ないという思いが心の中にあったからだと思います。半世紀近い歳月が流れた今でも彼のことを覚えているのは、潜在意識のなかにいつも彼のことがあって人生の支えになっていたのかも知れません。
今回の女生徒のお話をうかがって、あの時の彼の姿がより鮮明に思い出されました。彼にもご両親があって、送り出した中学校の担任の先生もおられて、葛飾商業に入学した喜びの中で、また大きな不安と戦っていたのだと思うと切なくなります。

担任の先生方のご挨拶があって、彼女の担任であられた3年6組の木村先生が彼女のことに触れられました。先生は焼け跡に3度行かれ亡きお母様に「必ず彼女を卒業させます」と誓われたそうです。ご本人も学業を続けたかったと思いますが、それが叶わぬこととなりました。
彼女はその後、他の学校(通信制?)に通われたそうです。式終了後の最後のホームルームで彼女のことが話題となり、彼女の情報に詳しい生徒に様子を聞くと、まだ卒業できるかどうかはっきりしてないという状況だそうです。
「私にとって3年6組の卒業式は彼女が卒業してはじめて卒業式が終了という思いでいますので、まだ卒様式は終わっていません」と木村先生は挨拶を結ばれました。

195番目の卒業生へ。46期生3年6組の木村先生とクラスの仲間たちは貴方のことを忘れていません。野球部の監督も仲間も貴方とともにあります。
エースの平君は硬式野球のクラブチームに入りました。いつか晴れの舞台で東京ドームのマウンドに立つ日がくるかもしれません。彼の投げる一球一球が貴方への激励の一球かもしれません。これからの人生、葛飾商業時代の仲間ともに頑張って生きて大いに飛躍されんことをお祈りしています。
そして、194名+1名の46期生が仲間と支えあって豊かな人生を歩んでいかれることを切望しています。

祝・卒業 ご卒業おめでとうございます




 

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