歴代の校長先生が同じことを言われる。
「葛商の先生方は放課後や休日も補習授業をしています。その熱意が高い検定合格率になっています」
来年、葛商は創立50周年を迎える。葛商の先生方の教育への熱意は創立以来の伝統であると私は思っている。
私は、昭和37年、第一回生として葛商に入学した。春の健康診断で私は胸部に陰がみつかり、要注意となった。
授業中、校長室へ呼び出された。何事かと緊張と不安の気持ちを抱きながら校長室へ向かった。
校長室に呼び出された生徒は3名であった。いずれも健康診断で要注意となった生徒であった。
学校長は、葛商を創立された山田市郎校長である。
山田校長はご自身も若い頃、健康上の問題を抱えていて、生命が長くないことが予想されていたという。
しかし「玄米菜食」の健康法に出会って、健康をとりもどされ、健康になられてから合気道をされ、高段位であられた。
山田校長は、健康上のご自身の体験から、私たちを激励してくださった。実は私は小学校でも胸部疾患で休学した経験がある。
しかし、このような校長先生から直接声をかけていただくという経験は今回が初めてだった。一人ひとりの生徒の状況を把握され、適切に対応される山田校長に感激したことを今でも明確に覚えている。
その折に、山田校長は、さらに次のように話をされた。
「君たちは、新設校に入学して、他の伝統ある高校と比べて、教育のレベルに差があるのではないか不安があるかもしれないが、心配はいらない。
私は、立派な優秀な先生方に本校に来ていただいた。君たちは安心して勉学に励んでもらいたい」。
ゼロからスタートした葛商は、教師も生徒も一丸となって、まさに校歌にある「開拓精神わきたつところ」であった。
葛商で教鞭をとられた先生方から多くの校長を輩出し、葛商は教師を鍛える学校でもあった。(40周年記念誌)
梶とる舟師(先生方)は変るとも 我のる船(葛商)は常へに理想の自治に進むなり・・・旧制第一高等学校寮歌の歌詞にあるがごとく、
年々先生方の入れ替わりはあっても、山田市郎校長が「立派な優秀な先生方に本校に来ていただいた」といわれた伝統が今日立派に継承されていることを私は信じて疑わない。「現象は一見に如かず」という言葉の通り、100年に一度の不況を乗り越えた進路成績や、検定の合格率をはじめ立派な教育成果がその証である。
中学生諸君、来たれ、葛商へ!! 君の未来はここから始まる!。
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