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 2011年 夏の甲子園開幕 岩手/花巻東、被災地に届けたあきらめない姿
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帝京に一歩及ばず、涙を流しながら球場を去る花巻東ナイン(撮影・田中靖浩)
帝京に一歩及ばず、涙を流しながら球場を去る花巻東ナイン(撮影・田中靖浩)

「高校野球・1回戦、花巻東7-8帝京」(7日、甲子園)

 1回戦4試合を行い、東日本大震災の被災地、岩手の代表として出場した花巻東が1回戦で帝京(東東京)に敗れた。しかし、先行されては追い付くこと3度。我慢強い“東北魂”を発揮し、甲子園から被災地へ感動を届けた。あと1点及ばなかったが、最後まであきらめない姿勢を見せた。

  ◇  ◇

 悲しみを乗り越えてたどり着いた聖地は、苦い思い出の場所になった。悔し涙に暮れる選手の横で、佐々木洋監督(36)も「勝利を持ち帰りたかった」と号泣。しかし精いっぱいの戦いは、4万4千人の観衆や岩手で応援する人々の心に響いたはずだ。

 失点する度、執念で3度追い付いた。3点を追う四回には、津波で大槌町の自宅を失った佐々木隆貴捕手(2年)の三塁打をのろしに同点とし、帝京・伊藤をノックアウトした。

 同校は内陸部に位置するが、95人の部員のうち沿岸部出身者が10人。うち6人の実家が震災による津波の被害にあった。身内が行方不明になったのは3人。佐々木隆も両親と連絡が取れず、2日後の3月13日に佐々木監督の運転するバスで自宅近くへ駆け付けた。しかし家は津波で流され、辺りは別世界。両親の安否も分からず、避難所を回り人づてに無事を確認しただけ。1週間後ようやく電話が通じた。

「岩手のために」 「街を見た時、野球どころでないと思った」。祖父母の安否はいまだ不明。一時は野球も学校も辞めて経済的に両親を助けるために働こうかと考えた。しかしチームメートに「一緒に頑張ろう」と励まされ思いとどまった。ベンチ外の沿岸部出身の仲間とも半年間支え合った。帽子のひさしの裏に「岩手のために」と書き込み、試合を迎えた。

 しかし五回、自らのけん制悪送球などから2点を勝ち越された。7‐7の七回、エース・大谷翔平投手(2年)が2死一、二塁から右前打を許し決勝点を奪われた。

 逆転を狙った最終回は1死一塁の場面で佐々木隆に打席が回ったが、守備妨害を取られ2死。最後の打者も二ゴロで試合が終わった。「悔しい。自分のミスで失点し、自分のせいで負けた」。泣いて自らを責め続けた。

 佐々木監督は「『岩手と甲子園はつながっている。岩手の魂を見せつけろ』と選手に話した。よく粘ったが、エラーは計算外だった」と5失策を悔やんだ。佐々木隆、大谷ら2年生レギュラーの多いチーム。試練をバネに、来年は故郷へ最高のニュースを届ける。

(2011年8月8日)






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